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Manmaru Mountain

“Manmaru Mountain” まんまる山

このホームページの屋号。けっこう気に入っている。

まんまるなことは平和だし、少しマヌケな感じもするし、それでもすべてを含んでくれる。

どんな形でも、どんな人間でも、山を愛していて、山にいたいなら、山に行けばいいと思う。

山に行けば、山に会えるし、山にいる自分にも会える。


歩いて歩いて、しんどくて、呼吸して

感じられる光を、みえる空を、風の音を、自然の摂理に基づく現象を

ただ素直に感じて、幸せな気持ちになる

どうしてか寂しい気持ちにもなる


体を動かすために、食べて、飲んで、また歩く

山の中でできることは、生きることだけだ


余計なことは考えない

考えられない。

目の前の道を一歩ずつ歩いて行く。

ふと思いが湧いてきて、心を通り過ぎて行ったりするけど。

もしも困難が起こるなら、自分で乗り越える

目の前の問題を、自分で乗り越えられる者だけが進むことができるんだ


山を歩き始めて、やっぱり人は、生きているんだなってはっきりと思った


声を出さなくても、鉛筆を走らせなくても

世界中のどんな遠くの人へも自分の思いを伝えることができる

ドアは自動で勝手に開く

溢れ返るデジタルの情報だけで、ほぼ全てのことを把握できるような気持ちになる

人と人との関わり合いも、スマホ画面の中で済んでしまう

でもそれも全て、自分が存在してるから感じられるしできることのはずなのだけど

存在してる自分とはなんなのだろう。自分のこの意識さえあればいいのではないか。

人間とは、自分が人間であるという概念にいつかなってしまうのではないかな。

人間の、物質的なリアルはどこにいってしまうのだろうと、なんだかそんな事を考える事があったから。


山にはリアルしかない。

自然は常に、ありのままに現象しているし

人間も生き物としてありのままに現象するしかない

仮想現実?何それおいしいのかなムシャムシャ


でも山に行ったから急に人間が実体化するわけじゃない。

やっぱり人はずっと人間として生きている。こうしている今も。

ただただ想いに任せて、キーボードを叩いている今も

わたしはちゃんと人だ。

なにそれ当たり前やんー。


思うがままに書く夜。思うがままに書いてしまうのは、たいてい夜だ。


言いたいことは。

歩き始めて、それが終われば始点と終点は繋がるのだ。まんまるに。

すべてはそのまるの中にある

特別な世界がまたひとつ、わたしの心の中にできる


言いたいことは。

→→「山に行きたぁーーーい!!!」

わたしの大切な山の記憶。

それを記録する場所を作ったんだ。わたしのために。


まるいことはいいことだよ。きっと。

おやすみなさい🌝

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